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東京高等裁判所 昭和63年(ネ)3689号 判決

三六八九号事件控訴人(三六二五号事件被控訴人)

学校法人明治大学

(以下「第一審原告」という。)

右代表者理事長

後藤信夫

右訴訟代理人弁護士

中田早苗

三六二五号事件控訴人(三六八九号事件被控訴人)

千代田印刷機製造株式会社

(以下「第一審被告会社」という。)

三六八九号事件被控訴人

(亡)古賀タマ以下「第一審被告タマ」という。)

古賀健一郎(以下「第一審被告健一郎」という。)

柿澤みつる(以下「第一審被告柿澤」という。)

田中たみ子(以下「第一審被告田中」という。)

小野誠子(以下「第一審被告小野」という。)

右第一審被告六名訴訟代理人弁護士

金子文六

小山田純一

主文

一  三六二五号事件について。

1  原判決主文第一項を取り消す。

2  第一審原告の右部分の請求を棄却する。

二  三六八九号事件について。

第一審原告の控訴を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。

事実〈省略〉

理由

一ないし四1〈省略〉

2 昭和五七年一二月一三日直後の異議時(基準時)における正当事由の存否について。

原判決四六枚目裏七行目から同六二枚表七行目までを引用する。ただし、次のとおり訂正する。

(一)  原判決四七枚目表一行目の「また」から六行目の末尾までを、次のとおり改める。

「そして、右の正当事由の存否は、土地所有者が異議を述べた時を基準として、その時点に存在した事情について検討するべきである。なんとなれば、借地法によれば、借地関係の場合は、借家関係の場合と異なって、賃貸人の更新拒絶の意思である異議は、期間満了時の後になされることになっているのであり、異議がなされた時にはじめて賃貸借を更新するべきかどうかの問題が生ずることになるのであるから、正当事由の存否は、期間満了時ではなく、それ以後の異議時であると解すべきであるからである。もっとも、本件のように、明渡訴訟を維持することによって異議を述べたものと認められる場合は、期間満了時の直後に異議を述べたものとみるべきであるから、実際上、両時点はほとんど同時と解してよいといえよう。」

(二)  同六二枚目表七行目の次に、次を加える。

「しかし、本件においては、正当事由存否の基準時である昭和五七年一二月一三日直後の異議時においては、第一審原告からの補完的事情としての立退料の提供は全くなされていない。したがって、右異議時における正当事由の存在を認めることはできない。」

3 異議時(基準時)以後になされた立退料の提供について。

(一)  第一審原告が第一審被告会社に対し、昭和五九年一〇月二二日の原審口頭弁論期日に、正当事由を補完するものとして、三億円又は裁判所が相当と認める金額を提供し、本件土地の明渡しを求めたことは、本件記録上明らかである。

(二)  このように、異議時より相当期間経過後に立退料の提供がなされた場合の効果について検討する。まず、形式的にいえば、前述のとおり、正当事由は異議時に存在するべきであるから、立退料の提供も右時点においてなされるべきであり、それ以後の時点でなされた立退料の提供をもって右時点における提供とみることはできない。次に、実質的に考えてみても、立退料の金額の算定の中心的要素は借地権価格であるが、その基準となる土地の価格は、当時、時の経過によって相当程度上昇することが経験則上容易にうかがわれるところ、異議を述べてから、相当期間経過後に立退料が提供された場合に、立退料の算定要素の土地価格の基準時を異議時とすると、一方において、賃借人としては、異議時に立退料が提供されていれば可能であった他の土地への移転が、立退料提供時では、その間の土地価格の上昇のため、異議時と同一の条件では困難になることが十分に推認し得るところであり、他方において、賃貸人としては、異議時における低額の土地価格を基準とする金額によって、提供時における高額の土地を入手できることになるわけであり、このような形で賃借人に不利益が生じる反面、賃貸人に利益が生じることは、公平でないというべきである。したがって、異議時以後になされた立退料の提供をもって、異議時になされた提供と同様の効果を生ずるものとすることはできない。

(三)  次に、異議時の後に立退料の提供がなされた場合には、立退料の算定に当たっては提供時における土地価格を基準とすることを前提として、右提供を正当事由の補完事情として考慮してよいという考えがある。しかし、この考えによると、結局、正当事由の存否の時期が、異議時と提供時に分かれることになるわけであるが、そうすると、異議時から提供時までに消滅又は発生した立退料以外の正当事由を考慮すべきかどうかという問題を生ずることになるから、この考えは適当ではないというべきである。

(四)  しかし、異議時の後になされた立退料の提供は全く無意味であるわけではない。異議は、期間満了後遅滞のない時点まで(これを仮に「異議申立期間」と呼ぶ。)になされることが必要であるが、もし、立退料の提供が右異議申立期間内になされたのであれば、右提供をもって当初の異議とは別個の、立退料の提供を伴う新たな異議として認めることができる。

本件においては、立退料の提供は、期間満了時から一年一〇か月以上も経過した時点でなされており、異議の申立てが遅くなったことを許容すべき特段の事情が存しないかぎり、「遅滞なく」ということはできず、異議申立期間はすでに経過しているものというべきである。

仮に、本件において、右の特段の事情が存するものと認めることができ、従って、遅滞なく異議がなされたとみることができるとしても、そうすると、立退料の額の相当性は、新しい異議時である提供の申出をした時点の土地価格を基準として判断するべきことになる。その場合は、立退料の額は、少なくとも原審認定の八億円以上とみるべきである(この点については、原判決六四枚目表九行目から同六五枚目表四行目の「である」までを引用する。)。しかし、本件において、第一審原告の右時点における申出額は三億円又はそれ以上というのであるが、右八億円は三億円の約2.6倍を上回る金額に相当し、第一審原告の予定額ないし予想額をはかるに超えることになる(第一審原告は、当審において、申出額の約二割増しの価格を限度としている)。したがって、右認定額をもって明渡しを命ずることは、第一審原告の申し立てない事項について判決をすることになるというべきである。そこで、いずれにしても、第一審原告の請求は棄却するべきことになる。

(五)  次に、第一審原告が第一審被告会社に対し、平成元年九月二五日当審第三回口頭弁論期日に、三億円又は裁判所が相当と認める金額(ただし、三億五四〇〇万円を限度とする。)を提供して、これと引換えに本件土地の明渡を求めたことは、本件記録上明らかである。

右申立てをもって、更に新たな異議であると解するとすれば、右異議は、異議申立期間後のものであることは明らかである。また、この場合、本件土地の価格や賃料等が、前記(四)の場合よりも更に相当程度上昇していることが、弁論の全趣旨から容易にうかがわれることなどを考慮すると、この場合における正当事由を補完するべき金額は、前記認定額を相当程度上回る額であると認めるべきであるが、第一審原告の申立額は、三億円又は三億五四〇〇万円を限度とする額である。したがって、前示と同様の理由により、いずれにしても、第一審原告の請求は棄却するべきことになる。

五〈省略〉

(裁判長裁判官武藤春光 裁判官吉原耕平 裁判官池田亮一)

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